2020年12月7日月曜日

第1課 アミール、トゥティ、そして、ハサン Pelajaran 1: Amir, Tuti, dan Hasan

Dari kiri ke kanan, Tuti, Hasan, Amir dan Sudin.
向かって左から、トゥティ(女の子)、ハサン(黒い帽子)、アミール、スディン(木の後ろ)
 
<本文>

Pelajaran 1: Amir, Tuti, dan Hasan


Ayah Amir petani.
Pagi-pagi ia sudah ke sawah.
Amir pergi ke sekolah.
Ia duduk di kelas dua.
Di jalan ia bertemu dengan Hasan.
Hasan teman Amir.
Kedua anak itu sekelas.

Kata Hasan,
    Mari kita lekas ke sekolah, Mir!
Hari masih pagi. Kita bermain-main di sana.

Jawab Amir,
    Baiklah! Kita jemput Tuti dulu. Nanti bertiga kita bermain-main.
Tuti anak paman Amir.
Ia murid kelas dua juga.

 <和訳>

Pelajaran 1: Amir, Tuti, dan Hasan
第1課 アミール、トゥティ、そして ハサン


Ayah Amir petani.
アミールのおとうさんはお百姓さんです。
 
Pagi-pagi ia sudah ke sawah.
朝早くもう田んぼへ行きました。 
 
Amir pergi ke sekolah.
アミールは学校へ行きます。

Ia duduk di kelas dua.
アミールは二年生です。
 
Di jalan ia bertemu dengan Hasan.
道でハサンに会いました。
 
Hasan teman Amir.
ハサンはアミールの友だちです。
 
Kedua anak itu sekelas.
二人とも同じクラスです。
 
Kata Hasan,
    Mari kita lekas ke sekolah, Mir!
ハサンは言います、「アミール、早く学校へ行こう!」

Hari masih pagi. Kita bermain-main di sana.
「まだ朝早い。学校で遊ぼう。」

Jawab Amir,
    Baiklah! Kita jemput Tuti dulu. 
アミールは答えます、「いいよ。まずトゥティを迎えに行こう。」
 
Nanti bertiga kita bermain-main.
それからあとで三人で遊ぼう。」

Tuti anak paman Amir.
トゥティはアミールのおじさんの子どもです。

Ia murid kelas dua juga. 
トゥティも二年生です。

 
1.  Ayah Amir petani.
アミールのおとうさんはお百姓さんです。
 
<単語>
ayah 父親 おとうさん
ibu 母親 おかあさん
Amir アミール(男の名前)
petani 農民、お百姓さん
kata dasar 語根
awalan 接頭辞
akhiran 接尾辞
singkatan 略語
kata benda 名詞
kata kerja 動詞

 
<文法>
Ayah Amir
インドネシア語は修飾する語順が日本語や英語と逆になる。これをDM原則という。
Yang diterangkan di depan dan yang menerangkan di belakang. 説明されるものは前に、説明するものは後ろに置く。例えば、日本語の「あの白いネコ」は、インドネシア語では「ネコ・白い・あの」になる。すなわち、kucing putih itu になる。
「アミールのおとうさん」は「おとうさん・アミール」で ayah Amir になる。
所有格の変化はないので、「アミールのおとうさん」は「おとうさん・アミール」になる。「わたしのネコ」は「ネコ・わたし」になる。すなわち、kucing saya になる。
問題:あの白い猫は私の猫だ! 答え: Kucing putih itu kucing saya!
どうしても所有格を使いたいという時は、 punya を使って、Kucing putih itu saya punya kucing. になる。この場合の punya は中国語の「的」に相当するみたい。
サラワク(ボルネオ)にクチンという町があるが、行ったことないけどネコが多いのかなぁ。ちなみに、マラソン走者であり芸人である猫ひろしの国籍はカンボジアだが、行った人の話によると、カンボジアにはやはり「かぼちゃ」が多かったそうだ。かぼちゃの語源はカンボジア。

petani
語根(kata dasar) tani。
接頭辞(awalan) pe を付けると petani 農民、お百姓さん。
接頭辞 pe は、語根の事柄をする道具や人を表すのに使用。
接頭辞(awalan) per 接尾辞(akhiran) anを付けると pertanian 農業。
Proyek Pertanian DGI インドネシアキリスト教会協議会・農業プロジェクト
DGI = Dewan Gereja-gereja di Indonesia の略語(singkatan)。
singkatan は singkat(= 短い)+an  短くされたもの、すなわち略語。
 
Ayah Amir petani.
「アミールのおとうさん・お百姓さん」で、「アミールのおとうさんはお百姓さんです。」を意味する。インドネシア語では日本語の「~です」や英語のbe動詞に相当するものは一般に用いない。どうしても日本語の「~です」や英語のbe動詞みたいなものを使いたいという時は、adalah を使う。Ayah Amir adalah petani.
 
2.  Pagi-pagi ia sudah ke sawah.
朝早くもう田んぼへ行きました。 
 
<単語>
pagi 朝
pagi-pagi 朝早く
ia 彼、彼女 、三人称、dia
sudah すでに
ke へ
sawah 田んぼ
pergi 行く

 
<文法>
Pagi-pagi
pagiを2回繰り返すことで「朝」を強調し、「朝早く」となる。
 
ia
普通、日本語では「彼」とか「彼女」とかは略され、使わない。また、「彼」とか「彼女」とかは違う意味(ボーイフレンドやガールフレンド、恋人など)で使われることが多いので、なおさら訳さない。
 
sudah
もうすでに~した、という意味。インドネシアの挨拶はいろいろあるが、日本語の感覚で「こんにちわ!」つまり Selamat Siang! という人はあまりいなかったように思う。東京でインドネシア人の先生が授業が終わって帰る時、生徒に Selamat Siang! と言ってたので日本人の私たちはあれ?って感じだった。ちなみに、Sudah makan? (= ご飯食べた?中国語の吃飯了嗎?と同じ)は質問というよりあいさつみたいだったと思う。まぁ、40年前の話なので今はどうなのか知らないけど。私は最初なんでみんなおんなじことばっかりきくんかなぁと思った。「Belum まだやけど」と答えたからといっておごってくれるわけではないし、単なるあいさつやったわけや。
 
ke sawah. 
本来は pergi ke sawah だけど、pergi (行く)が省略されている。インドネシア語はsingkatan(略語)もそうだけどやたら省略するのが好きみたい。いや、むしろこの場合pergiがないほうが自然で普通だ。道で知り合いにあうと Mau ke mana? (= どこ行くの?)もよく聞かれた。これもあいさつみたいなものだろう。したがって Jalan-jalan saja. とテキトーに答えてた。ちなみに、スンダ(=西ジャワ)では、Mau ke mana? は Bade ka mana? と言う。
 
 
3.  Amir pergi ke sekolah.
アミールは学校へ行きます。

Ia duduk di kelas dua.
アミールは二年生です。
 
Di jalan ia bertemu dengan Hasan.
道でハサンに会いました。
 
<単語>
duduk すわる 座る
di ~に (場所を表す前置詞)
kelas クラス 学年
dua 2
jalan 道
bertemu 会う
dengan ~と
Hasan ハサン(男の名前)
teman 友達
bangku 長いす
 
<文法>
Ia duduk di kelas dua.
kelas dua は二年の学級・クラス。直訳すると「彼は二年のクラスに座っています。」だ。もっと詳しく言うと Ia duduk di bangku kelas dua. 二年のクラスの席に座っている。つまり「二年生です。」

数字は、 
1 satu, 2 dua, 3 tiga, 4 empat, 5 lima, 6 enam, 7 tujuh, 8 delapan, 9 sembilan,
10 sepuluh, 11 sebelas, 12 dua belas, 13 tiga belas, 14 empat belas, 15 lima belas,
16 enam belas, 17 tujuh belas, 18 delapan belas, 19 sembilan belas,
20 dua puluh, 21 dua puluh satu, 22 dua puluh dua, 23 dua puluh tiga,
24 dua puluh empat, 25 dua puluh lima ~ 30 tiga puluh, 31 tiga puluh satu

ジャカルタの道端で買物をする時、「これなんぼ?」Ini berapa? と聞くと、25ルピアだと dua puluh lima と答えが返ってくることはまずなかった。だいたい dua lima か ji go
だ。ji go は、音で類推して分かるように「二五」だ。「五十」は go cap だ。ジャカルタのチサダネにある YMCA で空手を習ってた時、「Satu, Dua, Tiga.」と号令を言う時、間違って ”Satu, Dua, Lima.“ と言って、みんなに笑われてしまった。YMCA のことはインドネシアでは IMKA (= Ikatan Kemasehian Kepemudaan Am)という。
 
Di jalan ia bertemu dengan Hasan.
di jalan 道で。betermu dengan~ ~と会う。
 
Hasan teman Amir.
teman は友、日本語と似てる。teman Amir アミールの友だち。日本語と語順は逆で、修飾語は被修飾語の後ろにくる。

4.  Kedua anak itu sekelas.
二人とも同じクラスです。
 
 
<単語>
lekas 早く はやい = cepat
Ayo lekas bangun! = Ayo cepat bangun! 早く起きろ!(=はよ起きんかい!)
mari kita (=英語の Let's) さあ~しよう
Mari kita makan gado-gado. ガドガド食べよう。
masih まだ~である
sana むこう
juga も また 同じく
 
<文法>
Kedua anak itu sekelas.
kedua anak itu その子供二人とも
ketiga anak itu その子供三人とも
itu で限定・特定している。英語の the みたいなもの。
se 「同じ」を意味する接頭辞 sekelas 同じクラス
 
Nanti bertiga kita bermain-main  
kita 話を聞いている相手方・ひとも含めた「私たち」
kami 話を聞いている相手方・ひとを含まない「私たち」
kita bertiga 私たち三人とも
Kami (= saya dan isteri saya) berdua saling mencintai. 私たち夫婦二人とも互いに愛し合っています。
Kita lekas (pergi が省略されてる) ke sekolah.

Mari kita lekas ke sekolah, Mir!
アミール、(早く)学校へ行こう!
Mari kita lekas ke sekolah, Sangdu!
サンドゥ、学校へ行こう!